1997年度 学友会報告

(マスタリー第20号p9-63より)

はじめに『世界一の学校を目指して』

学友会会長 苫野一徳

笑いたければ笑え。
ののしられても平気だ。
……そんな思いとともに掲げた学友会の理想『世界一の学校』。
理想は大きければ大きい程良い。
この一年間、学友会は必死になって『学校改革』を行ってきた。
『学校改革』?
……一体それは何だったのか。
……はっきり言って、『こんなものだ』と三口で説明できるものではない。
そしてそれが、ずっと歯がゆくて仕方のないことだった。
しかし今回、『学友会活動年間カレンダー』として、その活動を何とか文章にまとめさせてもらうことができた。
それを読んで皆さんなりに解釈していただきたい。
人それぞれその解釈の仕方は違うだろう。
誤解される点も多々あると思う。
でも分かってほしい!
この活動は、『愛する関西学院を何としても素晴らしい学校にしたい』という、ひたむきな情熱以外の何ものでもなかったのだ。
そして、一年間僕たちを支えてきてくれた高等部のみんなは、きっとそれをよく理解してくれていることだと思う。
大々的にアピールした分、多くの人が協力してくれた。
本当にありがとう。
自由はすばらしい。とても素敵なことだ。
生徒一人一人のあらゆる可能性が花開き、束縛からは決して生まれない個性が芽生える。しかしそれは、同時にとても危険なことでもある。
『みんながするから自分もする』
……例えば礼拝で寝る。
アッセンブリーでしゃべる。
周りがみんな寝ていれば、罪悪感など感じない。
学校で盗難が起こる。
何度も起こる。
自分も人のものを盗んでもいいような気になってくる。
自由だから何をしてもいい。
こんな風潮ができあがる。
だから自由は難しい。
個人のレベルではなく、周り全てを巻き込んで良くも悪くもなる。
そしてその鍵を握るのは風潮なのだ。
学校の中を渦巻く風潮。
流れ。
雰囲気。
この一年間の活動で、嫌と言うほど思い知らされた。
どんなに優れた人でも、もし一年間暴力団と生活をともにすれば絶対に変わってくるだろう。
アホみたいなたとえだが、人間は常に周囲との関係の中で生きている。
その風潮の 一中で生きている。
だから、『自由だから何をしてもいい』なんていう風潮が学校内を漂っていれば、やがてはその人もその空気に染まっていくかもしれない。
尤も、そんな風潮の中において、強い克己心と自制心とを身に付け、そんじょそこらの学生とは桁違いに優れた人間性を築き上げた生徒も僕は沢山知っている。
そんな頭の下がるような奴も、関学には沢山いる……ということは有名な話。
しかし相対的に見て、やっぱり集団の中をうろついている風潮と言うものが、その集団の質を決定してしまうものだ。
だから風潮を変えてしまえ!
……これが、この一年間やってきた『学校改革』の全てだ。
ふう、何とか説明できた。
とどのつまりは意識改革。
あらゆる能力を兼ね備えた高等部生だ。
自由に甘えることのない強い克己心を養えれば、高等部はもう『世界一』だ!
……そう望み続けた活動だった。
地道に地道に。
こんなもの一気に変わるものではない。
だから僕たちはこの活動を『十カ年計画』と呼び、その種蒔きをするつもりだった。
何にしても、物事の第一歩目というのはとても難しい。
確かに、目に見える形でも色々と変えた。
ボランティア部やエンターテイメント部の発足など。
しかし根本は呼びかけだった。
初めのうちは中々理解されず、批判の声も結構聞こえてきた。
しかしどうだろう、一年間やり終えた今、一体どれだけの人が賛同し、一丸となって学校改善を誓ったことか。
若さ故の世間知らずな志かもしれない。
でも、多くの人が協力してくれたこの活動は、これから段々と成果が表れてくるに違いない。
俺たちには自由が与えられている!
何をするのも勝手だ!しかし物事をきちんとわきま
えなければならない。
その上で自分を磨かなければならない。
楽をしようと思えばいくらでもできるのが自由。
それに甘えることなく、向上心をもって生活したい。
そんな風潮の学校であってほしい。
それが完成すれば、関西学院高等部は絶対に『世界一の学校』になれる。
そしてこの理想は決して夢物語りなんかじゃなく、ほんの少し先に見えている現実なのだ。
絶対になれる。
教師と生徒が手を取り合って向上する意志を示せば、十年後の関学は間違いなく、世界中から羨まれる学校になっている。

12月21日 第一回学友会会議

学友会執行部役員六人が全て決定してからの初めての会議だった。
会長苫野一徳、副会長保田祐二、書記滝本康平・三瀬靖史、会計西室雅央・鈴木顕。
いきなりの顔合わせであったにも拘らず、この時から、学校改革をしようということが決まっていた。
高等部はこうあるべきだ、こう変わらなければならないという議論が交わされた。
印象的だったのは、「高等部は生徒を駄目にするのにかけては東大レベル」というある役員の言葉。
結局は、『楽をしようと思えばいくらでもできる』……その風潮を何とかしなければならないということだった。

1月13日 三年生送別アッセンブリー

第一回会議から、三回に渡って計画を練った。
今思えばまだまだ準備の仕方が把握できていない時期であった。
この送別会は、まず新旧学友会の引き継ぎをしてから、引き続き『関学高等部筋肉番付』を行うという趣旨だった。
当時はまだ発足していなかったが、この後エンターテイメント部の部長に就任してくれた中村亮介君、そしてアメリカンの岸信吾君が司会を行い、一、二、三年生の生徒が、それぞれ数人ずつ舞台の上で腕立て伏せを行い、その回数を競い合った。
結果優勝したのは、本命の毛利さんのアクシデントのため二年F組の矢橋君となり、商品であったデカビタCが二十本贈与された。
この当時はまだ礼拝堂の使い勝手が分からず、色々と課題が残った。
まず会場を暗くする演出だったのに、天窓の閉め方が分からずに雰囲気がでなかった。
インカムの使い方も分からず、スポットや音響との連絡が舞台からとれなかった……等々。
しかしこの失敗のお陰で、その後同じような失敗は二度と繰り返さなかった。
ただ、必要以上に物事を周到に準備してしまうというのが会長の癖にもなってしまった。他の役員はその心配症に振り回されていたようだ……。

2月10日 ボランティア部発足

学校改革の会議を重ねるうちに、「高等部生にはモラルがないと言われる。
それならボランティアを今後もっと活動的に行おう」という話になり、学友会直属の機関である総務局の中に、ボランティア部というものを新たに発足させた。
部長に長谷岡君、部員には寺井君、城戸君、松井君、駒月君、若崎君といった有能なメンバーが集まり、最初の年であったにも拘らず、大変な活躍をしてくれた。
今後、この高等部にボランティア活動が定着するのではないかと期待させてくれる活躍ぶりであった。
尚、部長の長谷岡君がボランティアへの思いをつづってくれているので、そちらの原稿も是非読んで頂きたい。

3月10、11日 スキー旅行先にて学校改革草案(エンターテイメント部発足)

二年生のスキー旅行。
北海道の留寿都へと飛行機で向かったのは、三月九日のことだった。
そしてホテルにて、夜入時から二時間余り、二日間会議を行った。
一日目の会議に参加したのは学友会執行部六人と、企画部、運動総部長新開、宗教稔部長生田だった。
「じゃあ今日はまず、新入生歓迎アッセンブリーの計画を手っ取り早く練ってから、学校改革の会議をやりたいと思うねんけど……」
会長の苫野が、留寿都リゾートホテルの、暖房が少し効きすぎとも思える会議室で会議を開始した。
しばらく、それぞれが頭を振り絞って、歓迎アッセンブリーでやることを考えた。
「あんな、今年はみんなに学校改革をするっていうことをアピールしたいねん。だからそういう関係の歓迎会がいいなあ」
苫野は言った。
「ほなモラル劇とかはどない?」
そう言ったのは、企画部副部長の鷲尾だった。
「何かモラルを訴えかけるような劇すんねん」
鷲尾は、大まじめな顔をして言った。
「でもそれは無理やろ。誰がやんねん」
企画部部長の木下が言った。
「いや、でもおもろいかも知れへんで」
会計の両室はそう言った。
「せやな、モラル劇なあ」
いつのまにか本当にモラル劇をやるという方向で話が進み始めていた。
「でも誰がやるん?」
会計鈴木と書記滝本が顔を見合わせながら鷲尾に言った。
「うーん、そうやなあ」
少し話が煮詰まった。
会議室はかなり高級そうな部屋で、予約は二時間しかしていなかったためあまり長居はできない。
「中村とかは……?」
その時苫野が言った。
「ああそうやそうや、あと梅田とか……」
西室が統いた。
「あと三井?」
鈴木は常に疑問形で投げかけてくる。
「おうおう、ええやん」
鷲尾はうなずいた。
「じゃあもうそういうの学友会の組織の中に作ってまえや。何て言うん?エンターテイメント部とかそんな名前つけてやあ」
木下と鷲尾が、そんなことを言った。
「わあ、ええなあ。おっしゃそれ作ろう。なあ保田」
苫野が言った。
「おうおう、ええやん」
この頃の保田はクールだった。副会長である。
「でも俺らで勝手に組織変えてええんか?」
木下が言った。
「まあいいと思うで。ボランティア部とかも勝手に作ったし……まあ勝手って言ったら言葉が悪いけど、俺たちの学友会だから、組織はいいと思ったら作っていいはずやで」
苫野は言った。この頃はまだ学友会のあるべき姿というものが良く分かっていなかったため、色々と戸惑っていた時期でもあったのだ。
エンターテイメント部は、こういう成りゆきでできた部であった。
我々学友会は、『世界一の学校』という目標を掲げる前、まず『身近な学友会』を掲げていた。
エンターテイメント部の使命とは、まさにそこにあった。
毎月アッセンブリーでコントを行い、学友会の目指すところを面白おかしく分かってもらうというものなのだ。
そして、部長の中村君を始め、梅田君、三井君の三人は、高等部の中でも笑いのセンスは随一と言われ、この後、数多くの公演をこなしてくれるこ
とになった。
すばらしいチームワークとカリスマ性を待った部であった。
「じゃあ歓迎会はモラル劇……チックなことをするということで、明日中村を呼んでそのことは練ろう。じやあ次に学校改革についてやねんけど……」
苫野は言った。
「とりあえずな、みんな何で改革をやるかっていうことは分かってると思うねんけど、みんながそれぞれ思ってる…高等部はこういうところを直さんとあかん……っていうところを言ってほしいねん」
すると次々に声が上がった。
「っちゅうかな、この学校モラルなさすぎ」
「盗難多いとかって……ほんま信じられへんわ」
「何に関しても無関心やったりするやろ」
「おう、やる気ないよな」
みんな好き好きに言い合った。
とても悲しいことだ。
みんな高等部の中で生活しながら、少なからずやりきれなさを感じていたのだ。
「結局はな、やっぱり良く言われることやけど自由に甘えてる態度やと思うわ」
保田が言った。
「うん、そうやな」
苫野は保田の方を振り向いて言った。
「自由だから何をしてもいいっていう甘えがある」
保田はもうー度言った。
「先生らも絶対楽してるって」
そんな声も上がった。
この後、激しい討論が展開した。
やはり高等部の抱えている『自由に伴う様々な問題』……これを何とかすることが、一番の課題であった。
「俺さあ、外部から来たけど、やっぱり高等部は凄い奴らが沢山いると思っててんな。でもいぎ入ってみると、なんじゃこりゃ……っていうのが多かったわ。万引きとか煙草とかなあ。いくら自由でも、やっていいことと悪いことがあると思うわ」
そう言ったのは運総の新開だった。
「うん。そうやな。俺思うんやけどさ。なあ保田って高等部好き?」
苫野が言った。
「いやあ……やっぱ嫌いかな」
「じゃあ三瀬は?」
「え?俺?そうやなあ……」
ずっとノートを取っていた書記の三瀬は少し考えて
「嫌いかな……」
と言った。
「そうやろ?あのさあ、俺が思うにな、中学部出身者は関学が好きだから何とかしたいと思って、外部受験で入ってきた生徒は、関学が嫌いやから何とかしたいと思うんやと思うねん」
「それはそうかも知れんな」
宗総の生田が言った。
こんな感じで会議は進んだ。
まず、みんなで改革をしようという意志を固める会議だった。
「で、そのための具体案を考えなあかんな。俺まず言っておきたいことがあんねんけどな。生田とも少し相談しててんけど、今年は礼拝改革をしたいねん」
会長の苫野は、司会のくせに一番良くしゃべる。
「俺がずっと思ってきたんはな、まあ合ってるかは分からんけど、礼拝でみんな寝るやん。これがかなり集団のレベルの低下を招いてると思うねん。みんなが寝るから俺も寝ていい……そういう考えが絶対生まれるやろ?だからゴスペルコンサートでも寝るし、進路演会でも寝るし、果ては芸術鑑賞会の『美女と野獣』ですら寝る……。みんながするから俺もしていいっていう風潮が、高等部を悪くしてると思う」
「そういうことやね」
生田はつぶやくように言った。
「俺はな……」
苫野は続けた。
「高等部生一人一人の能力は凄いと思うねん。でも集団になるとレベルが低下する……。これは礼拝が少なからず原因になってると思う」
「それでどうしたいん?」
保田が言った。
「まあ寝てる奴を叩いて起こすとかしても意味がないからな……とりあえず寝ないようにする。そのためには今のようなマンネリ化した礼拝はあかんと思う。生徒礼拝をしたり、音楽礼拝をしたり……まあそういう話は宗教部とも一緒にしていこうと思ってんねんけどな。それから聖書、讃美歌を、自分の物を礼拝堂に持っていくという運動もやりたいな。今のような参加意識のない礼拝はよくないと思うから……そうすることで少しでも参加意識を向上させたい」
この後も、苫野は延々としゃべり続けた。
そんなこんなで、礼拝改革をすることが決定した。
主催は宗教部、礼拝委口月会。
そして学友会は後援という形で。
学友会通信を毎月配布するということが決まったのもこの日であった。
学友会に興味を持ってもらうため、学友会のやっていることを知ってもらおうという主旨だった。
他にも意識調査を行って高等部生の現状を把握すること、アンケートを頻繁に行うことも決まった。
とりあえず、この日の会議ではこのような話がなされた。
会議が長引き、石森先生に注意されたことが懐かしい。
次の日は中村も呼んで同じような話をもっと掘り下げて行った。
それぞれの多種多様な意見が交わされ、とても白熱した会議だった。
このようにして、改革の基本方針をこの日皆で確認し合った。
この日から、地獄の会議ヅケが始まったのである。
学校改革を順調に行うための周到な準備。
そのために、夜遅くまで学校に残る日々が続くようになった。

3月24、25日 千刈一泊研修会

一年間の方針、流れを計画するため、学友会執行部の役員と、総務局からは広報部部長の野木、そして各紙部長、各委員長が参加した。
付き添いの先生は、学友会顧問枝川先生と、クラス委員会顧問福嶋先生だった。
会長苫野は、この日の準備をするために試行錯誤を繰り返し、会議の内容を前日までに考え上げた。
学友会活動の出発点とも言えるこの千刈研修は、とにかく会議ヅケで、目茶苦茶疲れるものなのである。
到着したのは午後一時。早速一時辛から、会議室にこもって約四時間の会議が始まった。
「前半の会議は、各総務局の仕事役割と、各委員会、各総部の仕事役割、あとアッセンブリーの持ち方について話し合います」
司会苫野は言った。
「まず総務局やけど……これは学友会直属の機関として、改革にも大きく貢献してほしいと思う……」
こんな感じで会議は始まり、それぞれの役割は決まった。
整理しよう。
《ボランティア部》全校生にボランティアの情報を伝えて募集し、その先頭に立ってボランティア活動を行う。
《広報部》学友会通信(のちにKG瓦版と命名)を毎月作成する。
掲示板に常に情報を掲載しておく。
《企画部》改革案の企画、その他行事の企画を、執行部と共に行う。
《運営部》行事の運営。
特に、エンターテイメント部がコントを行うとき、スポットや照明、音響などを担当する。
《管理部》食堂、保健室、図書館などの状況を毎月聞きに行き、全校生に報告する。
《エンターテイメント部》アッセンブリーでコントを行い、全校生に関心を持ってもらう。

議論が何時間も交わされ、各委員会、各紙部の役割も決まった。
とにかく今年の学友会とそれを支える面々の役割は、それぞれのパートがそれぞれの力量を活かして学校改革に貢献しようというものであった。
例えば礼拝委員会は礼拝改革を担い、美化委員会は割箸リサイクルによって生徒のモラルを高める。
クラス委員会はコミティーを通して改革に関する
意識向上を呼びかけ、総務局はそれぞれのパートで、自らの行動をもって周りに影響を与えていく。
……それを理想にした。
いわば、執行部が大きな力を持ちながらも、地方分権体制で改革を行おうという趣旨だったのである。
六時半から後半の会議。
三時間余り学友会総会の話に費やした。
ここで議論は最高潮を迎え、会議室の使用時間が終わりに近づくと、それじゃあキャビンに戻ってそこで話し合おうということになり、宿泊するキャビンに全員で向かった。
ここから延々と数時間。
殆ど徹夜状態で、学校のあり方、教師のあり方、自由のあり方……などが、先生方も交えて討論された。
詳しく書きたいが、紙面の都合上涙を飲んで割愛する。
しかし心の底から感じた。
十人十色なんてもんじゃない。
それぞれの考え方は全く違うものなのだ。
でも理想が同じならそれでいい。
すばらしい学校。生徒と教師がお互いに高め合っていけるような学校。
そう、そんな『世界一の学校』。
<続く>

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