囲碁・将棋部

2010年度

・兵庫県高等学校囲碁連盟認定級
木本 1級
小林 25級
網野 28級
下郷 30級
・近畿総合文化祭 囲碁部門
木本 B級4位
今年度はまず部員の確保が最重要課題でした。2年生が4人しかいないため下級生の確保をしなければ部の存続が危ぶまれます。しかし、残念なことに今年度入部する1年生はいませんでした。その代わり囲碁に興味を持って部室に来てくれる2年生が何人もおり、部員獲得に希望の持てる一年でした。来年度は団体戦の出場、そして囲碁連盟だけでなく外部の大会にも積極的に出場することが目標です。もし囲碁に少しでも興味がある方はパンショップ出てすぐの部室棟までお気軽にお越しください。
(MASTERY第30号p175より)

今年度は新入部員は無く、二年生4人で活動中。
主な活動日は火、水、金の週3日です。
創部から3年、創部者の高鳥先輩が卒業して2年生だけで支えていくのは苦労しました。
来年度は僕らも三年生になるので、新入部員を獲得できるように精進します。
現在の認定級は、
網野 28級
木本 1級
小林 25級
下郷 30級
です。


2009年度

  • 8月6日 夏季研修会で木本が一級の免状を取得しました。
  • 6月6日、兵庫工業高校で行われました兵庫県高等学校囲碁選手権(個人戦、ハンディ戦)の結果報告です。

個人戦(A級)高鳥1回戦負け 木本2回戦負け
個人戦とハンディ戦の総合成績により、木本が6級→2級に昇級 高鳥は暫定2級のまま
となりました。

  • 4月26日雲雀丘学園で行われた全国高校囲碁選手権大会、ハンディ戦参加し高鳥が2級、木本が6級の免状取得。

囲碁部の活動ですが、主な活動日は月~金の放課後です。
毎週水曜日には関西学院大学の囲碁部の方のご好意により、大学囲碁部の練習に参加しています。

現在、囲碁将棋部は2人で活動しております。
少しでも興味のある方は外部の方でもいいのでどんどん足をお運びください。

創部から2年、実質部長一人で頑張ってきましたが、その努力の甲斐もあり、今年度、新高1の木本君を部員として迎えることになりました。木本君は、優秀でやる気のある1年生です。彼とともにこれから頑張っていきたいと思います。

皆さんお久しぶりです。囲碁・将棋部の部長の高鳥です。いよいよ最終学年となり、最後の1年を悔いなく頑張りたいと思います。


2008年度

  • 1月12日雲雀丘学園にて行われた兵庫県高校囲碁冬季研修会参加。

部長高鳥が3級に降級するもののスイスからの留学生も参加し、実りある研修会となった。また他校生徒と交わる機会も得られた。

  • 11月15日徳島のホテル千秋閣にて行われた、近畿総合文化祭囲碁部門府県対抗戦男子において兵庫チームの四将として出場。個人成績3戦全勝。チーム成績3戦2勝1敗で10チーム中5位の成績を修める。
  • 11月8日姫路西飾高校にて行われた兵庫県総合文化祭A級戦に出場
  • 9月14日雲雀丘学園で行われた兵庫県高等学校総合文化祭囲碁部門予選(県近畿総文予選)にて11月15日に徳島県で行われる近畿高等学校総合文化祭囲碁部門の団体戦、兵庫代表メンバー四将に部長高鳥が選抜された。
  • 7月21日・8月4日に雲雀丘学園にて行われた兵庫県高校囲碁夏季研修会に参加。
  • 6月7・8日兵庫工業高校で行われた全国高校囲碁選手権のハンディ戦において、部長の高鳥が2級に降級してしまう。

選手権戦は、個人・団体ともに参加条件を満たしておらず、見学のみとなった。
来年度は、参加できるよう残された時間を大切に精一杯頑張っていきたいです。
11月3日の文化祭には、必ず参加するので是非ご来場ください。

  • 4月26日 全国高校囲碁選手権大会 姫路市花の北市民広場で行われハンディ戦に部員が参加しました。また同大会において1級の免状取得しました。

兵庫県高等学校囲碁連盟に個人・学校ともに登録完了


2007年度

囲碁将棋部について

こんにちは、囲碁将棋部は、活動を再開しました。本格的な活動の準備も着々と進んでいます。
関学の新たな歴史を作りたい・挑戦の志がある人をお待ちしております
2007年度部長 高鳥 達也


1996年度

今年の活動
今年、囲碁・将棋部には8名の1年生が入部し、まずまずのスタートをきることができました。毎週火曜と木曜の昼休みという短い時間の練習だったためにまだまだ未熟でしたが、場慣れという意味も込めて9月29日に加古川で行われた将棋大会に3名出場しました。もちろんいい結果を残すことはできませんでした。しかし次へとつながるいい経験になったとは思います。また11月の文化祭には不参加でした。
来年の活動
文化祭に参加できなかったのは痛かったので来年は囲碁・将棋に関していろいろな展示をしようと部員皆で考えています。週二日の練習の内容をもっと濃いものにして春にもまた大会があるのでそこではぜひ屈辱をはらして優勝し、全校生徒の前で表彰してもらいたいと思っています。(マスタリー第19号p316より)


1995年度

本年度の囲碁・将棋部は、千星先生の御退職にともない、坂下先生を新しい顧問に向かえて、活動はしたかったのですが、三年生が私一人、一,二年生に部員がいたらしいのですが、勝手に部長となのる者がでたり、囲碁将棋の活動以外に部室を使い、不祥事をおこすなど、いっさいまとまった活動はできませんでした。
来年度はちゃんとした活動ができることを心からおいのりいたします。
(マスタリー第18号p232-233より・文責:原田 慎太郎)


1994年度

私達囲碁・将棋部の存在を知っている人は何人ぐらいでしょうか、とたずねたいぐらいマイナーな存在でした。今年の戟績といっても対外試合0ということで、なし。活動していたのかさえ不明でした。
といっても有力新人を加入させる事には成功し、クラブの将来に明るい光が見えてきたのは事実です。伝統ある囲碁・将棋部が復活する日も近いでしょう。
僕達三年生はこの三年間で何も結果が残せませんでした。そんな僕達をいつも笑顔で見守り、何とか強く成長させようと努力してくださった千星先生には感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。(マスタリー第17号p155より・文責:市山善教)


1991年度

下手な将棋ほど終わり方がきたないもので美学の入り込む余地は全くありません。終わる時、王将を取られるまで指してはいけないのです。なぜなら醜いからです。
みなぎん、ご存じだと思いますが、将棋は勝とうと思って勝負してはいけなく、いかに負けるかというのが価値あることなのです。これは我々の人生が負け次第というのと同じです。(マスタリー第14号p158より・文責:楠本夏樹)


1990年度

今年は新入部員もなく部員全員にやる気がないため、ほとんど活動していなかった。 とは言うものの、将棋で阪神大会三位に入賞し新聞にその名を轟かすことができた。
こと言って部員は増える様子はなく、来年静かに消えようとしています。
将棋
・春季阪神大会 三位入賞
篠木(3年) 受川(3年) 楠本(2年)
・ 秋季阪神大会予選落ち
有神(3年) 下垣内(3年) 受川(3年)
囲碁
・秋季兵庫県大会
楠本(2年) 3勝1敗
囲碁というのは、世界でもっとも難しく奥の深いゲームだと思います。最近欧米の知識層の間でブームになり、世界的規模で楽しまれています。囲碁の楽しい所は、一手一手に打ち手の思考をこめ、お互いの戦略的思考をそのままぶつけ合える点にあると思います。一人でも多くの人が囲碁の世界を味わうことができれば、と考えています。
(マスタリー第13号p160より・文責:楠本夏樹)


1989年度

今年は月曜日から金曜日まで週に5日クラブ活動を行った。一年生が3人入部し、クラブがもり上がった。念願の部費も獲得し、本を多く購入して研究することができた。囲碁の試合では優秀な成績を収めることが出来たが、将棋は振るわなかった。文化祭では賞は取れなかったものの、みなががんばっていい展示ができたと思う。来年は部員数も増やして、もっと活動するようにしたい。将棋部の伝統をけがさぬようがんばっていきたい。

試合の成績

囲碁
兵庫県春季大会(個人戦)
北本(二年)4戦全勝 永田(二年)3勝1敗
兵庫県秋季大会(個人戦)
A組優勝 北本(二年)3戦全勝 (A・B組優勝)
B組優勝 田中(二年)2勝1敗 (A・B組準優勝)
将棋
阪神・神戸地区大会(団体戦)ベスト8
田中(二年) 北本(二年) 永田(二年)
自治個人戦(団体戦)予選落ち
田中(二年) 北本(二年) 永田(二年)
春季大会 戦力不足のため不参加
夏季大会 戦力不足のため不参加
秋季大会(団体戦) 予選落ち
田中(二年) 北本(二年) 永田(二年)
(マスタリー第11号p226より)


1988年度

  • 第7回兵庫県高等学校囲碁新人大会 A組優勝 B組優勝

1987年度

本年度の囲碁・将棋部の活動はあまりかっぱつでなかったように思える。今年、部員が三名入りけい四人となりなんとか団体戦にでれるようになった。しかしあまりよい成績ではなかった。

成績

夏の大会
個人戦(冨嶋・三年)おしくも2回戦にこまを進めることはできなかった
団体戦(田中・一年)(永田・一年)(北本・一年) 3戦全敗
秋の大会
団体戦(田中・一年)(永田・一年)(北本・一年) 6戦全敗 (将棋部門)
しかし来年は今年の経験を生かし、もっともっと実力をつけ過去の将棋部の伝統を汚さぬようがんばりたい。
また、将棋だけでなく囲碁もやり始めた。まだはじめたばかりで試合にはでるにいたらないが、早く出れるようがんばりたい。
皆、一生懸命やったが部費がでなかったのがとても苦しかった。
(マスタリー第10号p250より・文責:田中 伸明)


1986年度

本年度は昨年より一人部員が増えたため、団体戦に出れるかもしてないと思い、一生懸命練習していたが、大会の日、一人が家の都合でこれなかったため、やむなく個人戦に出場した。この大会ふぁ唯一の大会であった。

成績

木下 雅博・・・三勝一敗
宮内 国彦・・・二勝二敗
口丸伊智朗・・・○戦○敗   (将棋部門)
皆くいののこらないようにやったが、ひとつだけくいが残っている。それは、後輩が一人もいないことである。 (マスタリー第9号p192より・文責:木下 雅博)


1985年度

神戸市で行われた兵庫県大会
通算公式戦成績
木下  0勝 0敗
宮内  2勝 2敗
(部員数少なく今年は、団体戦には参加できませんでした。)
冬季阪神大会が十二月に行われるので、それに向かって部員が少ないながらも、がんばります。(マスタリー第8号p193より・文責:木下 雅博)


1984年度

囲碁・将棋部の今年度の活動は、まず難高との文化交流戦から始まった。しかし、この試合では、我々四人すべてが完敗してしまった。この結果、難高に「弱い」という印象を与えたらしく、関学ときいてどう思うか、というアンケートの中に「将棋部は弱い」と書かれてしまった。
第一歩がこんな調子では、今年は前途多難だと考えたとり、今年は実に前途多難な年となってしまった。
秋季大会では、ブロックで勝ち、市立姫路高との対戦にまで持ち込んだものの、そこでもろにチームワークのなさを発揮してしまい、一人が勝てば、残り二人は負けるといった調子で敗北した。しかもこの調子は、春季、そして書き大会にまで続くという結果になってしまった。
しかし、囲碁の部では畑(三年)が兵庫県大会において優勝し、全国大会に出場した。全国大会では、惜しくも三回戦で敗れたものの、この畑の活躍は、今年度の活動の中で最も芽に光るものといえるだろう。
公式記録

春季大会

関学○2-1×県立農業(原田×重屋○冨岡○)
関学○2-1×兵庫工業(原田○重屋○冨岡×)
関学×1-2○市立姫路(原田○重屋×冨岡×)

春季大会

関学×1-2○甲南(原田○重屋×冨岡×)
関学×0-3○香寺(原田×重屋×冨岡×)
関学○2-1×兵庫工業(原田×重屋○冨岡○)

夏季大会

関学×1-2○尼崎北(原田×重屋×冨岡○)

通算成績

原田 三勝四敗
重屋 四勝三敗
冨岡 四勝六敗
木下 零勝一敗
中北 零勝一敗
岡村 零勝一敗
宮内 零勝一敗
(マスタリー第7号p175-176より・文責:原田 雅史)


1983年度

昨年秋、三年生の先輩が引退すると残された部員はわら私一人となってしまった。したがって個人戦のない秋の新人戦、冬季リーグには参加不可能という最悪の事態に見舞われ、囲碁・将棋部存亡の危機が現実の物となって目の前に迫ってきた。
それから一年、この原稿を書く直前である。揃った!部員が紛れもなく規定の五人に達したのである。年度の初め、周囲から目に見えぬ様々圧迫を受けていたころを思うとこれは狂喜すべきことであるといって良い。一年生がいないのが辛いが贅沢はいっておられない。本年度は、人数不足を理由に文化祭展示も行わぬみじめさだったが、頭数が揃ってくれば、そして皆が力を合わせれば、道はおのずと開けてくる。(本年度の囲碁・将棋部は私がヤヤワンマンにすぎたキライがある)後輩たちの奮起に期待したい。
それでは本年殿公式戦の結果報告を・・・

春季リーグ戦

予選ブロックにおいて難敵滝川高校に1-2で惜敗結局時点で決勝リーグ進出ならず。残念だったが、意気消沈する中で新人原田が初の公式戦にもかかわらず二勝を挙げ、気を吐いていたのが唯一の好材料ではあった。(将棋部門)

全国高校将棋選手権大会県予選

言うまでもなく年間最大のイベントである。首相である私は必勝の信念を胸に個人戦に、重屋、中北、原田の三人は(胸を貸りるつもりで?)団体戦んに参加した。結果、団体戦は香寺高校に一回戦で不覚をとったが、私は既報の通り。準優勝というまずまずの成績を収めることができた。
私が引退するとまた部員は四人きりになってしまうが、頑張って練習に励み、”将棋部ここに有り”と胸を張れるような活動をしてくれるよう期待して筆を置く。
(マスタリー第6号p178より)


1982年度

今年度の囲碁・将棋部は、一年生の新入部員も入らず、部員も6人だけであったが、文化祭にも参加して中々頑張っていたと思う。
一応、成績報告7だけしてしておくと、まず、秋新人戦では、昨年度の準優勝校ということで、優勝候補の筆頭にあげられていたのだが、六位に終わってしまいました。(将棋部門)
冬季阪神地区大会では、予選リーグは通貨下のだが、五位止まりであった。(将棋部門)
春季リーグ戦では予選落ちし、夏の全国大会県予選では二回戦で負けてしまった。
結局、あまりよい成績は残せなかった。今の三年生がやめてしまうと、二年生の部員が一人になってしまうので、来年からの部活動がどうなるかのか心配である。
とにかく、来年の囲碁・将棋部の目標は、部員を増やしてクラブをつぶさないようにすることである。(マスタリー第5号p166より・文責:新本)


1981年度

  • 第1回阪神神戸地区大会 第3位

1980年度

  • 全国囲碁選手権大会県大会 ベスト4(松岡)
  • 全国将棋選手権大会県大会 総合4位(松岡)
  • 兵庫県高等学校秋季リーグ戦 準優勝

1979年度

  • 全国囲碁選手権大会県大会出場 松岡2勝2敗 岡本3勝1敗
  • 全国将棋選手権大会県大会 3位(松岡)

1978年度

  • 将棋研究部員・文化総部長の青沼正人が1978/6/23に交通事故により死去。

1977年度

  • 部に昇格
  • 第5回兵庫県高等学校選手権大会 優勝・準優勝

1976年度

  • 将棋同好会として発足
  • 第4回兵庫県高等学校選手権大会 優勝・準優勝

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