関西学院高等部学友会(生徒会)

1995年度学友会報告

(マスタリー第18号p204-213より) [カテゴリ:学友会報告]

1995年度学友会役員

顧問
枝川 豊  福嶋 眞二  後藤 稔
会長
山本 毅
副会長
井上 武史
書記
高橋 信哉  三木 靖裕
事務部長
小沢 健二
企画部長
加来 洋
広報部長
安田 馨
運営部長
尾家 彰
図書部
石井 貴之
食堂部長
米沢 亮太郎
風紀部長
西平 長之
保健部長
土井 信介
アッセンブリー委員長
小山 太郎
クラブハウス管理委員長
弓場 信浩
マスタリー編集局長
平井 隆男
サービスリーダーズ団長
粉川 康夫
子供会委員長
山本 幸平
文化祭執行委員長
富田 尊久
クラス委員長
吉川 雅章
美化委員会
広川 勝一
礼拝委員長
米谷 訓明
宗教総部
川崎 浩介
文化総部
本城 嘉之
運動総部
弓場 信浩

先進的発展途上校・関学

学友会長 山本 毅

 真の自由とは何か。自由が謳歌されているこの関学に、果たして真の自由は存在するのだろうか。よく先生方の口からでてくる言葉、「責任の伴う自由」のなかに本当の自由はあるのだろうか。これに対して私は、あくまで私的見地からの意見として「否」という答えを持っている。責任とは、その行動に伴うものではなく、その自由の結果に対してのみ伴うものである。つまり、「拘束された自由は自由にあらず」。これが私の考えなのである。
 では、真の自由はいかにして存在しうるのか。それはただ一つ、生徒の意識によってのみである。責任とは同質の様で、全く異質な「自覚」によって形成された「高等部生九百人の意識」が真の自由を導くのである。生徒総会での私の言葉を覚えている人は少ないと思うが、「自分達で勝ち取った権利を、ルールに乗っ取った上で行使できない人間なんていらない」、この過激とも思える発言が、私からの強烈な呼びかけだったのである。
 確かに、関学は他の学校に比べて、かなり自由な校風であると言える。しかし、我々の目指すものはまだ遠く、うっすらとしか見えていない。ただ確実なのは、この関学という学校がそれに最も近い位置にあり、それでいてどこの学校よりも大きな可能性を秘めているということである。これは、「どの様にすれば」などというものではなく、その学校の校風からくるものである。おそらく、これまでの先輩方によって築きあげられた校風が、そういった関学を作っているのであろう。
 それでは、この「関学のイメージ」として定着してしまっている校風は、一体我々にどの様な影響を与えているのだろうか。良くも悪くも、高等部生九百人に大きな影響を与えているのは事実である。ここで私は、「良くも悪くも」という表現を用いたが、これこそがその影響の全容なのである。そして現在の関学の性質を最も端的に表す言葉なのである。
 何度も繰り返すようだが、関学ほど可能性を秘めた学校は他にはないだろう。プラス・マイナス両面において、限りなく進み続ける性質を持っているのである。まさに、生徒の力によって学校が大きく動かされているのだ。つまり、我々の頑張り様によっては、学校はいくらでも素晴らしいものになっていく。が、生徒がだらければだらける程、学校は堕落してしてしまう。そんな学校が今の関学なのである。
 それでは、この関学の秘めた可能性に挑戦しよう。もちろんプラス面においてであるが…。そう考え、私は関学の会長に立候補したのである。私が求めた関学は、文武両道はもちろん、生徒の自主性という名の意識に基づいた自由な学校なのである。そして、カッコいい学校。この「カッコいい」という形容詞には私独特の解釈、定義があり、詳しくはこのマスタリーに同じく記載されている「魂の叫び」に目を通してもらいたい。とにかく、我々学友会が一年の仕事を終えた今、ここにはっきりと断言してしまおう。関学は、どこよりもカツコいい学枚である。
 さて、我々,95年度が歩んだこの一年間は、これもまた同じく記載されている「魂の叫び」に記した通りである。この一年間、私は本当に多くの仲間に助けられた。これ程あらゆる分野の仲間に助けられた人間は、そうはいないだろう。もともとは自分の力不足からくるものであると知りながらも、私はこんなに素晴らしい仲間に支えられたこと、そしてこれらの素晴らしい仲間をこれ以上なく誇りに思っている。
 信念を持って突き進んだこの一年間、その先に我々の求めた関学はあったのだ。決して虚栄などに彩られた一年間ではない。新しい関学文化の第一歩を今、踏み出したのだ。
 関西学院高等部は、現時点では最高の学校である。しかし、関学が秘めた可能性は決してこんな程度ではない。関学はまだまだ、どこまでも発展し続ける学校なのである。今後引き継がれていくべきこの関学文化、その瞬間瞬間に、その時点で最高の文化であることを、私は今から確信している。
 関学文化とは、まさに関学生の一挙一動そのものなのである。

学友会副会長業績報告

学友会副会長 井上 武史

 私が副会長に立候補した動機は次のような動機からであった。
 第一は意識改革を行いたいと思ったことだった。その意識とは学校生活に対するものである。アッセンブリー、ホームルーム、その他の行事への取り組みの意識があまりにも低いように思われたからである。そして、このことは行事の面白さや学友会の指導力の問題ではなくもっと根本的な問題、つまり「自由」というもののあり方と関わりがあるのではないかと思った。確かに何の影響力も受けずに気のむくままに行動できるのは主体的で望ましいことだと思うのだが、それでは一体高等部生であることの意味を思わずにはいられなかったのだ。つまり、高等部生であるという自覚を一人一人はっきり持てることができればよいと思った。
 第二の点は高等部生約九百人の一人一人の「個」を浮き彫りにすることだった。クラブをはじめとする大きな集団の影に隠れがちな個人という存在が何らかの影響力を持てればよいと思っていた。
 このような大それた理想を掲げてのぞんだのであるが、今振り返ってみると単なる思い込みにすぎなかったのではないかと思う。そのことが明確に現れたのは震災直後の臨時総会ではないかと思う。Mastery for Serviceの精神と強固な使命感から一致団結したのはすばらしかった。また総会における週報の是非を巡る大論争、関々戦や文化祭の成功も私たち全員が一つとなって精一杯に取り組んだことに他ならない。
 第二の点においては私の意図を明確に表せたのではないかと思う。『魂の叫び』は予てからの私の念願であった。初めは学校生括についての意見を細々ながらも連載できればと思っていたのだが、思いのほか反響が大きく驚き結局十二号まで発行することができた。ここにおいては個人の意見の発表の場とともにそれに対して応答する姿勢が見られたことをとてもうれしく思った。
 これらのことから私は一つのことを思った。それは、学校というものは変えるものではなく変わっていくものであるということである。実際今年度の学友会はこれまでの学校の雰囲気を一変しようと努力してきた。しかし、いくら頑張ったところで結局変えるのは生徒一人一人である。だが私たち学友会はそれらの変革に対してある方向づけをしたことは確かである。副会長職を終えた今、その方向性は正しいものであったと信じている。

会 計

書岡 良

 学友会会計という役職について一年がたった。この一年間で僕は人間的に大きく成長したと思う。
 学友会活動に参加しょうと心に決めたのは部活の先輩でもあった前年度会長の大植さん、そして前年度文化祭でのスタッフ活動によって心を大きく動かされたからだ。
 今年度の学友会は震災の影響でスタートが遅れ、さらに特別予算、印刷機購入などによって予算を去年と大幅に変更した。
 当初このままでは今年の学友会はだめだろうと思ったが、全役員全生徒がその力をそれぞれの面で集結させ、震災によって生じた穴を埋めることができた。この驚異的なパワー、それこそが関西学院高等部の全てであると僕は確信している。
 僕らの学友会活動を享えて下さった諸先生方、役貞の皆様、そして全校生徒に僕は心から御礼を言いたいと思う。
牋貲間本当にありがとうございました。″

書 記

高橋 倍哉

 書記をするようにと頼まれた時、そんなにしんどそうに思えなかったので容易に「いいよ。」と返事してしまった。しかし、この気持ちは新入生歓迎会の準備をし始めると共にまちがいだったことに気付いた。それからは、『なんで仕事をせなあかんのや。』という気持ちと『頑張って行事を成功させよう。』という気持ちが交錯しながら今までやってきた。そして、この仕事を終えた今、しんどかったという気持ちが正直なところだ。しかし、学友会役員をやらしてもらって色々なことを学べたと思う。それは、人を指導することの難しさ、物事を企画し実行することの難しさ、また、楽しさなどである。
 今年は地震があったりと僕にとっては色々なことがあった。その中でも学友会役員として一年間過ごせた事が一番の思い出であり、一番の収穫だったと思う。一年間、協力して頂いた先生方や生徒のみなさん本当にありがとうございました。

書 記

三木 靖裕

 書記になって一年、色々な事を経験した。書記の基本的な仕事は、会議の議事録を取ったり、黒板に必要事項を書くといったものだ。後は、KGレビューの学友会のページの編集といった所だ。しかし、これはあくまでも基本である。行事が近づけば、とにかくなんでもするという事になる。そのため、書記の仕事はとてもしんどかったが、その分いい経験をたくさんきせてもらった。来年やる人または今後書記をになっていく人は、たぶん去年の書記や学友会と比較されるだろう。私も去年の人とかなり比較された。でも、肝心なのは、自分がどうしたいか、どうしたらこの学校をよくし、自分たちの学年はこう考えているかを出せるかにかかっていると思う。だから君達の好きなようにすればいいし、去年がどうこういうのは事務的な面だけを見ればいい。とにかく自分の学年のカラーを出せればそれでいいと思う。今年、仕事をするにあたって、多くの人々に助けられた。三F木村君、三F中川君、三C近田君、そして書記の高橋君には感謝するしかない。いろんな成功や失敗があったが、すべてみんないい経験だった。私はこの学年の学友会の一月であった事を誇りに思います。
一年間指導して下さった枝川先生・松浦先生・芝川先生・丹羽先生、ありがとうございました。

事務部

小沢 健二

 僕がやった最初の仕事は、二十校ほどの生徒会に、平成七年度の役月が決定したという手紙をつくり、送ったことである。灘・六甲などという、そうそうたる学校に送るため、アホみたいな文章では関学がバカにされてしまうと思い、かなり苦悩してつくった。
 そして、力尽きた。最初で最後だった。そらからは、クラブが大切な時期をむかえたこともあり、三木君、高橋君にほとんどの仕事をしてもらった。
 しかしあの手紙は力作だった。僕が学友会の役月だったことを証明する唯一の代物。ギザジュウよりも貴重だろう。見たことある人はラッキし持ってる人なら尚ラッキー。
 最後に部月がいたことを思い出したので紹介しておこう。3−A伊藤君…。あと三人ほどいたのだが思い出せない。唯一の仕事を僕が一人でやってしまったので、彼らは何一つやっていない。
 ※ギザジュウとは周りがギザギザの十円玉。

企画部

加来 洋

 企画部とは学友会役員会直属の企画立案機関で、同時に学友会本部並びに各議決機関の活動を支えるために去年設立された戦闘集団である。
 私を中心に走り屋近田、裏声安西、来年の副生徒会長森(彼でさえ部下にすぎなかったのである!!)たちが根の深い活動をくりひろげたのは記憶に新しいことである。
 新入生歓迎会においては牛乳飲みレースなど大活躍したものの、その後団月の安西が渡米し、攻撃力が下がりだしたのも否めない。
 どれほどの功績を残したかはここではあえて触れることを避けさせて頂くが、我々は確かに存在していたのだ。来年この企画部を担当する方々にはぜひ、平和と愛との見事な調和がみられる理想郷を追ってもらいたい限りである。何も僕たちにとらわれる必要はない。君たちのテンポでリズムで自由にやればいいのさ。けっこうすごいものができると思うよ。

広報部

安田 馨

 広報部の仕事はポスターやパンフレットなどを作ったりする割と気楽なものです。広報部長になるのが決まると戸惑いましたが、やってみれば、それなりにやりがいのある仕事でした。スタッフのみんなと力を合わせてやっていくのはとても楽しかったです。僕のために足並のそろわないときもありましたが、そんなときはスタッフの人が助けてくれました。この場を借りてありがとうを言いたいと思います。文化祭のときは僕の描いたポスターを見てくれた人がたくさんいると思います。あれは実は未完成だったのです。僕の将来の夢は画家になることなので、あんなものは僕の中ではうんこです。我々、広報部の反省すべき点は特に思いあたりません。感想はこれだけやったら大学に行けるのは当然として学部も選べるっくれーの特典はあんだろーな?ということです。

運営部

尾家 彰

 学友会を組織する際に、会長の山本君から運営部部長という自分にとって大役を依頼されました。しかし自分自身、野球部に所属し野球に全力を注いでいたため、春夏はほとんど運営部としての仕事を全うすることができませんでした。
 運営部という役職は、これといった特定の仕事がなく、学友会に関わる行事のサポートをすることが役目でした。そこで自分が一つ残念に思ったのは、特定の仕事がない分、もっと積極的に意見を出して学枚行事を盛り上げるべきだったということです。
 ここで得た貴重な体験は将来、必ず役立つと思っています。期待に添うことができたかはわかりませんが、仕事をした時は言葉に表せない充実感でいっぱいでした。ご指導していただいた先生方、会長には本当に感謝しています。

図書部

石井 貴之

 前任の吉井さんから引き継いでほぼ一年。前任者は、ベストセラーなど色々な仕事をしていたのだが、誰もみていないようであるし、わざわざベストセラーを知らせる必要もない気がしてやめた。仕事に就く前は、色々考えていた事があったのだが、そのままになってしまった。図書部長としての仕事で結局したのは、給金の時に、図書館についてでてきたことの処理と休み前の、部室・教室においたままになっている本の押収であった。
 本当はもっと考えて動くべきだったかもしれないと後悔している。後任者がそうであることを望みつつ…。
 本の回収の時に、副部長の満田君、木村君にはお世話になった。

食堂部

米沢亮太郎

 一年間食堂委員長をやってきましたが、これといって仕事もなくてなにもやっていないような気がします。今思えば、もっと自分から仕事を探せばあったような気がします。去年みたいに三十円牛乳のことなど僕に出来ることはたくさんあったと思います。来年の食堂委員長には、積極的に学校のために働いてほしいと思います。

風紀部

西平 長史

 えっ風紀部って何?
 この学校で風紀部の存在を知っているものは数少ない。もちろん俺が風紀部長と知っている奴もである。そもそも俺がどうして風紀部長に選ばれたのだろう?
 そこに問題がある。
 この一年間、風紀のことを考えたことが一度もない。それは副部長の野中君も同じだ。 無理矢理仕事を思い出すことにする―――役具合と称して卒業アルバムの写真の中に入っただけである。
 しかし、来年からの風紀部には期待したい。一、二年のみなさんがんばってね。
 そして、学友会で頑張ったみなさんおつかれさまでした。

保健部

土居 信介

 保健部の部長に就任した時に、前の会長さんから、「仕事ないぞ!」 って言われたんですよ。でも、その時は、それなりに仕事があるんとちゃうかなって思ってたんですけど。今、一年振り返ってみたら、ホンマに仕事してないですわ。(笑)
 唯一やったんが、総会で、水着の自由化について、体育の先生の所に行っただけで……。身体測定も仕事なかったし……。ホンマに、「かたがき」だけでしたわ。(笑)
 反省? ウーン、もっと積極的にやればよかったかな。牛乳のアピールとかね。
 来年、この部ができるかどうかわからないですが、来年の人にもがんばって欲しいと思いますね。
 あっ最後に副部長は、3−Bの藤田朝之(オボ)でした。彼も仕事をしてへんかったので、別に感謝することはないねんけど、あえて、「どうもありがとう」っちゅうことですね。

アッセンブリー委員長

小山 太郎

 何で書かなあかんねん。まあそれはいいとして、とりあえず今年は今までとは違い、アメリカンでない人間が委員長となり、冒険であり、革命でもあった。次のアッセンブリーのメンバーもなかなかつぶぞろいでよろしい。一年間みんなありがとう。

クラブハウス管理委員会

弓場 伸浩

 はっきり言って一つも仕事をしていません。そんな僕達ですが、アルバムには安藤先生と一緒に、しつかり載っています。
 マスタリーの原稿も、これが3つ目でネタが尽きてきているわけですが、他ならぬ平井君からの依頼なので断れず、書かせてもらっています。
 とにかく、来年のクラブハウス管理委員会は、自ら仕事を見つけてやるぐらいの気持ちで、僕らの分まで働いて下きい。勝手すぎるとは思いますが、期待しています。

サービスリーダーズ

粉川 康夫

 二年間にわたって、サービスリーダーズの一員としてやってきた。今年は、去年よりも増してよいサービスリーダーズではなかったかと思う。メンバーは、エール山本浩之、団長粉川康夫、副団長兼タイコ和中弘、団月奥田真吾・末松一仁・鶴崎智也・田富雄祐、そして二年生、次期団長・毛利匡宏と、いろいろな人種が集まった。特に、今年の関々戦では、タイソンのエールがよかったし、和中の瓦割り、満田の飛び入りなど、去年の期待に応えることができたのではないかと思う。
 また、今思い返してみると、一体サービスリーダーズの部室はなんのためにあるのだろうかと思った。来年は、メンバーも増強したので、もっとすごいことになるのではないかと期待している。

クラス委員会

吉川 雅章

 今年のクラス委員会を振り返ってみると、いきなり震災の影響への対応という難題に取り組む形になりました。委員会として何ができるか、コミティー全員で考えましたが、その上で最も考慮を要したのは、被災の度合いによって様々な立場・境遇・心境にある高等部生がいたことです。その為か、一度議題にあがった高等部独自の「ボランティア委員会の設立」実は否決されましたが、生徒皆の学校に対する要望や疑問点を臨時集会を通して学校側に伝えることができたのは、回答のいかんに拘らず、一定の成果だったと思います。
 四月に入り、新たに出発しょうと、委員会は一つの大きな目標を立てました。それは、いかに高等部生がHR等の自治活動の場に於いて、民主主義的な話し合いを持つことが出来るか、ということです。つまり、限られた意見に流されることなく、お互いの意見を尊重した上での有意義な話し合いが出来るようになることを目指したわけです。そして六月の学友会総会に先駆けて、委員会主催の公開模擬討論会を土曜セミナーの一環として実施しました。学年別にコミティーがテーマを決めてディベート形式で行いました。定期試験直後で準備不足な点もありましたが、委員会が掲げた目標を達成するための練習の目的をも含めて行ったこの企画の意義は、非常に大きかったと思います。委員会引き継ぎ前に行ったアンケートでも、今後もこのような討論会をすればどうかという意見が多かったので、来年も出来ればその機会を持ってもらいたいと思います。
 さてその後の総会に向けての委員会運営ですが、各クラスから非常に多くの意見が出た点は良かったのですが、生徒全員の立場から考えた意見(総会議題として扱えるだけの内容のもの)が少なかったのは残念な気がしました。しかし委員会側にも反省点はありました。過去の総会で出た議題と学校側の回答を各クラスのHRに下ろすことで、過去の総会議題との重複を避けるべきだった点や、委員会として総会の意味をもっと生徒全員に説明出来れば良かった点などが、反省の内容です。また今年は、総会議題として取り上げなかった他の各クラスからの意見は、それとは別に学校に対する要望としてまとめて出しました。が、それや総会議題決議に対して、教師側からハッキリとした形での回答が示きれなかったのは非常に残念なことです。
 二学期に入ると、文化祭等の行事があったことで、委員会独自の動きが取りづらかったのが、正直なところ僕の感想です。一学期に行った討論会をはずみに、今度はクラスや学年、全校などの広いレベルでの話し合い(討論や弁論等)の機会を持ってはどうかとこちら側から提案しましたが、具体性や生徒の関心の低さの問題が指摘され、残念ながら否決されました。そして文化祭後の引き継ぎ前に一年間を通してのアンケートを行いました。
 以上が一年間の委員会運営の流れです。長くなりましたが、あえてこれらを全て書いたのは、クラス委員会という機関が、この学校の生徒集団の最小単位であるクラスのHR運営を通し、生徒一人ひとりの意志を最大限学校の自治に反映させねばならない極めて重要な役割を担っているからです。つまりそれだけ生徒皆に委員会の動きを知ってもらいたいわけです。
 委員会の全体的な反省点は、二学期になって三年生の出席状況が悪かったことです。最高学年たる三年生がそれではだめです。コミティーの役割は、授業前と終わりの号令だけではありません。自分のクラスに対して責任を持っているということを忘れないで下さい。委員会が一年を通して掲げてきた目標が完全に達成されたとは言えませんが、学年の枠を越えて活発に議論が交わされた点は良かったと思います。また、委員会の権限を存分に生かして、学友会役員会と対等という本来の関係を維持できました。
 最後に、至らない面もあった僕を一年間支えてくれた副委員長の堀口君、書記の平井君、コミティーをしてくれた皆きん、学友会役員として度々出席して運営を見守ってくれた井上君、そして顧問の先生方に心から感謝します。次期委員長桝井君、副委員長三宅君、大変な仕事だと思うけど、頑張って下さいね。
期待しています!

美化委員会

広川 勝

 月に一回しかないのでしんどいとは思わなかった。でも楽だとも思わなかった。しかしぼくは学校の美化に力をつくすため出席し続け学校を美しくした。来年やる人も僕のように学校の美化に力をつくしつづけて下さい。最後になりましたが古田先生、土屋先生、神谷先生ありがとうございました。

礼拝委員会

米谷 訓明

 僕は、高3になってすぐに理由はどうあれ礼拝委員長に選ばれた。けれど、委員長とは名ばかりで、特に目立った仕事はできなかった。他の学友会の仕事に比べると、かなり楽な仕事だったけど、ただそれを無難にこなしただけというのに終わった。
 主な仕事は、献血、ゴスペルコンサートといろいろあったが、去年あった花の日礼拝をすることができなかった。僕の力不足で、満足のいく結果を残せたかどうかは、わからないけど、次の礼拝委員長になる人には、もっとしっかりとした礼拝委員会をつくっていってほしいと思います。
 また、僕を助けてくれた津先生、松浦先生、池内先生、そして礼拝委員の方々に心から感謝したいと思います。ありがとうございました。

  • [modify] 2007/02/08 21:56:48 by cyakejp

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