関西学院高等部学友会(生徒会)

2004年度学友会報告

マスタリー第25号p281-297より)[カテゴリ:学友会報告]

2004年度学友会役員

顧問
八尋 孝一  三木 真也
会長
中西 孝之
副会長
清水 大介
書記
三村 亮介  岸野 浩一
会計
柳田 康博  吉富 淳一郎

会長

3年B組 中西 孝之

 学友会会長の任期を終えて思う事はとにかく好き放題、私の思うように、やりたい様にさせてもらったなあ、という事だ。
 そもそも私は中学校は地元の公立中学校に通い、初めはその学区ではそこそこ頭の良いとされている某公立高枚に進学するものだと思っていた。しかし、学校見学に行ってみてその封鎖的で何の代わり映えもしないその高校に嫌気が差しこの関西学院に決めたのであった。まず、私が思っていた関西学院高等部のイメージとして (殆どが私の周りの人から吹き込まれた物ではあるが…) 1、ノビ○君みたいな奴でもモテる。2、男子校という事で厳つい先輩がいて殴られる。3、自由な校風を掲げてはいるが学生は真面目。etc…。と挙げればきりが無いが、概ね関学に対してかなりの幻想を抱いて入学した、というのは否めない事実である。いざ高校生生活が始まってみるとこれらの幻想が音をたてて崩壊していった。まあ例の1や2は自分の勘違いだったといえるが、私のイメージしていた関学生のイメージとは全く違い、茶髪やピアスなんてのは当たり前、やたらやる事が派手でしかも、個々人のポテンシャルが異常に高いというなんのこっちゃよく分らない、さもすれば高校生じゃ無いんじゃないかしら、という学生ばかりでそれまで“井の中の蛙”だった私は大きなショックを受けたのを良く覚えている。
 しかし、関学での生活を送ってゆくにつれて関学の嫌な部分が見えてきた。関学は「自由な校風」というものを掲げているが、その「自由」の意味をはき違えているように思えてきたからだ。だからと言って私がその意味を理解しているとも思えないが、そんな学校にいる自分に嫌気が差したのである。あえてここではそこらの「ここがいけない」云々の言及は避けておくが、そこに関学生が一歩上へ行けない理由が見え隠れしている様な気がしていた。
 ながながと脇道にそれてしまったが、私が1年生の時から文化祭執行部に所属したり学友会活動に参加したりするようになったのは関学に不満があったというよりそんな関学の中で自分の生活を面白くしたいというか、何もしていないとすぐにくさってしまう自分を駄目にしてしまわない様にしよう、という思いからだつた。そして2年生の文化祭が終わり、立候補の時期がやってきたのだが、初め先生方や先輩から薦められてもピンと来なく、かったるそうでまさか自分でもやるとは思っていなかった。そんな自分が当選して学友会長として1年間やってきたというのは正直自分でも驚きである。
 2004年の学友会テーマは狎風″。これも私の勝手な思いつきで決まってしまったのだが、私はとても気に入っていた。何度もこのコンセプトは述べてきたところではあるが、「MASTERY」に載るということであらためて説明させて頂くと、部活や学友会、バンド活動やダンス等の学外活動にいたるまで様々な場所で犂愕悄蹐箸いιを起こし旋風を巻き起こして関学を更に活気あふれるものにして欲しいという思いからだ。個性が無いといわれる現代の若者にはなって欲しくないという意味合いもあった、そして1年間が終わってみて今年は関学の歴史でみても恥じない1年だったと思う。部活はアメリカンフットボールの2連覇をはじめ更なる躍進をみせてくれたし、学友会活動でも文化祭が「10年間で最高の文化祭」と絶賛の声を澄田部長から頂くほどの盛況ぶりで旋風というコンセプトに違わない1年だったのではないかと思う。余談だが、″旋風″というのは皆さんに覚えてもらって色々な場面で使ってもらおうと思っていたのだがいかがなものだろう?学友会テーマというのは掲げるのは簡単だがその意味を生徒に理解してもらって、それを実行し達成してもらえるようになるのは非常に難しい事だ。生徒一人一人が旋風を起こそうと意識し始めたなら、関学という組織・集団はその秘めているポテンシャルを更に発揮すると思う。関学はそれが可能な人達ばかりの集団なのだからそれを自覚して欲しい。今年は明確にここが成長したとは言えないかもしれないが、次年度、その次年度と受け継いでいっていけばそのうちに達成されていくのではないかと思う。
 おおまかにクラブ紹介、学友会総会や盗難対策委員会、文化祭そして次期学友会選挙と通してやってきて、それが成功したかどうか等と言った事はその首謀者だった私がどうのこうの言える立場には無いと思うので内容等は特にここでは触れない。しかし、どれも私がその時々に「良い」と思えるものを行ってきたので悔いは無い。ただしその判断は皆さんにお任せします。どんな活動を行ってきてもそれに対する賛否はあると思う。それに、その様なリアクションがあった方が正常だと思うし、それ位あった方がやってきた甲斐があったというものだ。
 ほかの文化祭執行委員会や運動総部文化総部宗教総部などのメンバーには本当にお世話になつた。特に学友会本部メンバーの清水、三村、岸野、柳田、吉富…。と本当に私のわがままに付き合ってくれて感謝感謝である。彼らがいないと今年の学友会は回転していかなかったと思っている。本当にありがとう。
 ここで本当に一人ずつ名前を挙げて感謝の言葉を述べる事が出来ればいいのですが、恥ずかしいやら照れくさいやらなので又、別の機会にでも…。
 しかし、本当に感謝の言葉を述べなければならないのは、他ならぬ生徒皆さんである。本当に1年間愛想も尽かさずに付き合って下さって有難うございました。学友会の活動なんて興味無かったかもしれませんが生徒の皆さんがいてこその学友会活動なので、重ね重ね有難う御座います。次年度の橋本会長率いる学友会本部、そして、これから毎年新しくなっていく学友会をどうぞよろしくお願いします。
 そして、顧問の八尋先生、三木先生、その他の先生皆さん、澄田部長。本当に暖かい目で私達を見守って下さって有難う御座ました。学友会というのは独立しているからこそ、先生方との繋がりが無いと成り立ちません。先生方も今後とも学友会をよろしくお願いします。
 私事ですが、母と父には本当に感謝しています。高い学費を払って僕を関西学院高等部という素晴らしい学校に3年間通わせて頂き有難う御座いました。苦労ばかり掛けましたがあなた方がいないと私は学友会会長にもなれなかったし、関学なんていうハイソな環境に身を置くことも出来ませんでした。
 この文章を書き終わると共にスポーツセンターでの1泊研修から始まった、この学友会が幕を降ろします。感謝の言葉を書き出すときりがないのでここらで…。最後になりましたが、この私の稚拙で独りよがりな文章を掲載して下さった『MASTERY』と編集委員の皆さん、この文章に目を通して時間を割いて下さった方々に感謝の言葉を述べて、この文章を終わらせて頂きます。関学最高!!

副会長

3年A組 清水 大介

 学友会副会長として過ごした一年間を、副会長としての務めを終えた今振り返るとき、決して感謝の言葉抜きでは語れない。
 僕は副会長としての本来の務めを十分に果たすことはできなかった。副会長の本来の役目は、学友会本部、特に学友会長を享えて、本部がスムーズに計画を実行できるように自ら下働きを行うことだと思っている。そういう意味で言うと、僕は全く本来の役目を果たさないまま一年間を浪費してしまった気がする。振り返ってみると、自分の頼りなさとだらしなさを改めて実感する。
 特に自分の無力さを痛感したのが、文化祭の時だ。周りのみんなが早くから着々と準備を進める中、僕は自分が何をすればいいのか分からず、本番間近になっていざ仕事を与えられた時には、焦ってテンパって、結局企画を十分に煮詰めないまま当日のステージを迎えてしまった。
 その他にも学友会ではいろいろな行事を企画・運営してきたが、自分が成功に貢献したと思えるものが、今思う限りでは、無い。でも、そんな僕でも一年間学友会副会長としてやっていけたのは、逆に僕が、会長や書記、会計、そして顧問の先生に支えられていたからである。このマスタリーを通して皆さんに感謝したい。ありがとうございました。
 個人的な反省はこれぐらいにして、学友会本部の働きも振り返ってみる。
 思えば、今年の学友会は失敗からのスタートだった。結成して間もなく、学友会というものをまだつかめていなかった僕たちは、一年生歓迎アッセンプリーをグダグダなものにしてしまった。ただこの時から既に、新しいことを試みていくという僕たちのスタンスは創られ始めていた。その後毎週のアッセンブリーや放課後会議を通じて、自分達のやり方をしだいに明確にしていった。総会では、頻発していた盗難について全校生徒で考えるために、例年とは違い議題を盗難対策に絞って話し合い、その結果盗難対策委員会も発足した。また、生徒のアッセンブリーへの出席率と表彰の価値を高めるとともに、情報をより正確に全員に伝達することを目的とする、アイティー・アッセンブリーなるものを打ち出した。さらに文化祭ではステージオーディションを行い、出演者のレベルの向上を図ると共に、完成度は低かったものも含め様々な新企画を実行して、関学文化祭を例年よりもさらにグレードアップさせることに成功した。
 このように、今年度の学友会本部は一年間、『新たに試みる』という自分達のスタンスを貴いた。自らのスタンスを一貫させることは、組織を取り仕切る側にとってとても大事だ。簡単なことではないが、僕たちはそれをやりきることができた。それは誇りに思っていいと思う。
 来年度の学友会本部にも、期待を抱かせるメンバーが揃った。彼らには彼らのや甥方があると思う。自分達の色を最後まで失わないように、強気でいって欲しいと思う。

書記

3年C組 三村 亮介

 今回、この原稿を書きなさいと言われて色んな事を感じた。もう卒業だとか、学友会に入ってたんだなとか、三年間短いなとか、急に部活辞めてごめんなさい皆とか。まぁ色んな事が頭に浮かんだ。しつこいようだが、僕は最初会長に立候補したが、中西君に負けた。けど、部活を辞めてまでした決断であったので、学友会に入れてもらい、書記という役職を頂いたわけである。これが僕の学友会に入った経緯である。この文を書くにあたっても最初はふざけてちょっと面白く書こうかな、学友会でもそういうポジションに見られているだろうしとか思っていたが、冬休みじっとしていたら真面目に書こうと思うようになった。人間落ち着きが必要だ。ということで、では僕から見た学友会を書いていこう。
 今までの学友会はどうだったか知らないが、僕らの代の会長はきちんと会長の仕事をして、たまにおもんないけど、ほんまに頼りに出来る人であり、その人柄のせいか、他の学校の生徒会の人たちからは人気があるみたいで関西私学交流会(関西の私学の生徒会が集まって会議を開く所)の時の関学の位置は高いところにあるように思えた。僕と同じ書記の岸野は僕とは真逆で書記の仕事以上の事をしてくれて、ほんまに頼りになった。裏話ではあの赤富士米のジェフさんと一緒に司会をしたサミットのアフターパーティーで早くも政界の方々とお知り合いになられたようだ。会計の吉冨、柳田の二人は会計の仕事をきちんとこなし、本部会議では和やかなムードを作り出す役目をきっちり果たしている。いいアクセント。清水は良く寝ていた。サッカー部学友会の二束のわらじのせいだろう。彼がアッセンブリ一等、皆の前で発言する事によってその場に落ち着きが得られていた事は確かだ。これは雰囲気がかもし出す才能であるので、羨ましい。僕の役目は……大概の事は自分の好奇心で動いていたので特に無い。反省する点は、やはり岸野に事務的な事を任せすぎていた所である。にもかかわらず彼は失敗しない所が凄い。文化祭は彼のおかげでなりたっていた。よかった所は、皆自分の仕事に責任を持って、途中で投げ出さずやりきっていた所だ。まぁ当たり前といえば当たり前だが。議論する時もきちんと皆で話し合って、きちんと物事について真剣になっていた。何か皆仲良かったような気がする。
 生徒会において肝心なのは、その役職に沿った事をする能力があるうんぬんではなくそれももちろん大事だが、次の段階として自分が学校の為、自分の為、人の為に真剣になる事だと僕は実際にやってみて痛感した。関学は本当に先生が何も言ってこない。それだけに本当に自分たちが何もしなければ何も起こらない。それだけに自立というものを大切さを学んだ。自由すぎるしんどさも知った。先入観で判断するのではなく実際に体験してから判断する大切さも知った。何よりもメンバー皆人間として考え方が深かった。このような環境で過ごせた事にホンマに感謝する。ここで学んだ事をこれからも心において頑張るみたいな事はあまりにおきまりで、言いにくい。けど、ここで学んだ事は絶対これから先、役立つし、繋がると思う。それを強く感じるようになった時、この学友会を思い出したいと思う。

3年B組 岸野 浩一

 学友会本部役員(書記)としての主な活動内容は、会長と副会長の事務補佐、定例会議への参加、議事の記録とプリント類作成などでした。同じく書記の三村君と連携・協力しながら、議事録を作成、本部役員として会議で発言し、必要な書類を作るという重要な仕事を何とかこなしました。
 運動系クラブに属していないこともあり、比較的多くの時間を学友会活動に割くことができ、その分十分に活動へ参加出来た一方で、単独行動や伝達ミスなども多く、学友会本部役員の皆やその他関係者など大勢の人に迷惑をかけてしまうことも多かったと思います。申し訳ありませんでした。また活動の大半でもあった書類関係についてですが、私が作成しカプリント(特に総会と選挙関係)は前年度と比べてかなり多く、次年度以降何か参考になるところもあるだろうと自負していますので、本部役員・会計の柳田君と吉富君による予算決算関連の書類を併せて参照の上、資料として活用してもらいたいと思います。
 学友会総会の議題をはじめ、文化祭への準備、学友会のあり方と改善方法や高等部での生活環境向上などを、時間をかけて幅広い視野で深い部分まで役員として話し合えたことは、本部役員としての貴重な経験であったと思います。本年の学友会本部は、初めて行う活動を多く発案・実行しました。アッセンブリーの意識改革を目指した頻繁なプロジェクターの使用や、特別部局としての盗難対策委員会の発足、学友会スローガン「旋風」の実現の前提となる、学友会本部と他組織・全校生徒との敷居をなくそうという方針による諸活動などに閲しで、自分もその一役を買えたことを嬉しく思っています。
 最後になりましたが、2004年の学友会本部諸活動の実現と成功は、本部役員のみならず、全て顧問である八尋先生の御尽力によるものであったという事実をここに記しておきます。
 八尋先生、1年間本当にありがとう御座いました。

会計

3年A組 桝田 康博

 僕は、学友会本部の会計という仕事をした。この一年間、それなりにいろいろな壁があり、なんとか乗り越えた気分でいる。ではまず、僕がなぜ会計をすることになったかを話したいと思う。
 この文章を書く参考にするために数冊の「MASTERY」を読んだ。するとやはり、会長に誘われる人が圧倒的に多く、僕みたいに自分からやりたいと言って立候補した人は少ないようだった。前から何か委員とかやってみたら得るものがあるんじゃないか、なんとなぁく過ごじてきた関学での生活を、より充実させられるのではないか、と思っていたので二学期の会長副会長選挙で、中西と清水が選ばれた時に今まで委員なんてものになったことはなかったが、なんとなくおもしろそうなので、学友会に入ってみよかなぁと思った。去年の学友会会計の先輩に中学時代仲良くしてもらっていたこともあって、会計とかやってみよかなあと思って、中西に申し出た。中西は一年生のときに同じクラスで、清水とは中高ずっとクラスもクラブも同じで、これも何かの縁だろうと思った。また、彼の気質をそれなりに理解している僕がそばに居てあげないと、とも思った。まあそんなこんなで新学友会が始まった。
 では次に、仕事内容について。会計の仕事というものはそんなに多くはない。はじめの仕事は決算報告と予算報告を学友会総会で、あとは文化祭の収支ぐらい。さらりと言ったが、文化祭は少し大変だった。ただでさえ、「めんどくさい」が口癖の僕にはこんな緻密な作業…。また、訳あって僕は、できるだけたくさんの仕事をひとりでやろうと思い、文化祭の前年度の引継分を含んだ会計資料を大量に抱え込んだ。自転車の前カゴにA3ぐらいの茶封筒を二つ入れて通学するのがどれだけめんどくさかったことか。また、文化祭後には領収書の束相手に夜な夜な僕の部屋で吉富と格闘した。なんでこんな雑な貼り方をするんだと、小一時間問い詰めたくなるような団体もあった。廊下を歩いていると、「はやく金かえしてくれ」と、借金の取り立てみたいに催促してくる人たちもいた。別に意地悪してお金が渡せないのではなく、備品管理の決算がまとまってないせいなのに…。
 しかし、会計の仕事なんてこの一年間での仕事量のうち三割ぐらいでした。学友会役員としての仕事のほうが大変、というほどでもないけど、それなりに濃かったように思う。三年生送別アッセンに始まり、新入生歓迎アッセン、総会文化祭、選挙に終わる。三ケ月に一回、関西私学交流会の会議やボランティア活動などもあった。いろいろ行事があったわけだが、一番のターニングポイントは新入生歓迎アッセンだった。歓迎という意味では成功だったのかもしれないが、企画がうまくいかず、反省材料が多く残った。そこから何が変わったのかはわからないが、あとの行事は全部成功だった。やっぱりあれ、結束というかそういうチームワークみたいなものが生まれたと思う。
 三年生の人はあまり知らないだろうが、学友会顧問は今年度から、社会科の八尋先生だった。この一年を終えて、八尋先生の偉大さを知った。高等部の先生で、ここまで柔らかな情熱を持った方が他にいるだろうかと思う。なんというか明るくて話しやすくて褒め上手な人で、しかもいやらしくない、人間的にも素晴らしい人だった。学友会に至らない点がたくさんあったと思うが、一年間で八尋先生は一度も怒ったりしなかった。あぁすごい、まるで菩薩。うちの担任とは違う意味で気の長い方だった。八尋先生じゃなかったら、きっと今年の学友会はここまで良くならなかったと思う。
 学友会に入って得たものは本当にたくさんある。もし人ってなかったらと思うと、恐ろしい。大げさかもしれないが確実に僕の人生は変わった。ケガで部活がお先真っ暗だった僕には、何か打ち込めるものが必要だったのだが、会計やっててよかったぁと思う。顧問の福嶋先生にいろいろと迷惑をかけてしまったが、仕事の理解がある方で本当に助かった。
 なんか、「俺は頑張ったんだぞ、えっへん」みたいな文章になってしまったが、無気力な僕がここまでやってこれたのは、たくさん…というほどでもないが周りの人に褒められ、応援されたからだ。そして、何よりも一番そばにいて支えていてくれた人に感謝する。
 最後に、今年はメンバーのバランスが良くとれていたと思う。会計は、裏方好きな僕と悩める肉体派吉富、書記は、文化祭で花を咲かせた恐そうなお兄さん三村、一言では表現できない凄さと仕事の早さと神憑った手腕の見た目サラリーマン岸野、副会長はやればできるどこでも寝れる責任感の強い清水、そして会長は大舞台でも緊張せずに僕に無いものを本当にたくさん持っている中西。素晴らしいメンバーだった。お互いがお互いに無いものを持ち合わせ、ひとつの大きな風となって関学に旋風を起こせたと思う。

ボランティア部

3年F組 辻本 航介

 今年度のボランティア部の活動は、ブルキナファソヘの救援物資の輸送、芦屋サマーカーニバル参加、あしなが学生募金への参加、文化祭での活動報告、スペシャルオリンピックス参加、また子ども会のメンバーと一緒に子ども会に参加してくれる施設へ訪問、などがありました。
 正直なところ、ボランティア部にはなんの引き継ぎもなく、よくわからないままに日が過ぎていきました。部員もうまく集まらず、一人でブルキナファソヘの荷造りをしていたこともありました。しかししだいにみんな協力してくれるようになり、またいい後輩も加わり、みんなでボランティア部は活動できました。
 「ボランティア」とはとても難しいものです、どうしても「偽善者」と言われたり「やってやってる」と考えてしまったり。僕らにできる範囲で、何か人のためになるならただ単に自分がやりたくてやる。そのことがどれだけ大変かを痛感した一年でした。
 来年からはまた僕らの後輩たちがボランティア部を引き継いでいってくれます。ボランティアというのは本当にたくさんの人と出会い、また勉強できるきっかけになると思います。ちょっとでも興味があるなら、小さなことからでもいいから参加してみましょう。一年間という短い間でしたがお世話になりました。これからもボランティア部をよろしくお願いします。

企画広報部

3年C組 榎本 一夫

 企画広報で、文化祭の時にカウントダウンや掲示関連を作成しました。あと、学友会新聞を一度…だけ発行しました。企画広報の仕事は我らが岸野君のおかげで分散され、かなり楽…じゃなくて助かりましたよ。
 やっぱり企画広報部は数人集めなきやダメですね!このマスタリーにしても文化祭パンフレットにしても今年は岸野君がいたからうまい感じに収まったけど、毎年こうはいかないと思います。できたら来年以降は企画広報で精鋭を数人集めて役割分担と各発行物の段取りを決めて行くべきだと思います。
 今年度の学友会はみんながんばっていました。特に岸野君には何度助けられたことか!そんな人もたくさんいるんじゃないですか?学友会本部、その他スタッフのみんな、おつかれ!そしてありがとう。

クラブハウス管理委員会

3年B組 坂口 将太

 クラブハウス管理委員会の主な活動はクラブハウスを定期的に点検することでした。今回の点検は大掃除のあった12月16日に行いました。今回は、事前に清掃しておくように連絡をしていたのでほとんどのクラブはきれいにしてありました。課題としてはクラブハウスの点検を行う回数をもつと増やすことです。最低一学期に一回は行った方が良いと思いました。これを次のクラブハウス管理委員長に頑張ってもらいたいと思います。
 この一年、管理委員長としてやってきましたが、正直管理委員としての仕事はほとんどありませんでした。それどころか、自分が管理委員だということすら忘れてました。ごめんなさい……。この委員会、ものすごくマイナーすぎます!次の管理委員長には、この委員会をメジャーなものにしてくれることを期待してます!

礼拝委員会

3年F組 鳥井 亮佑

 礼拝委員は宗教部と違いこれといった活動は決して多くはありませんでした。しかし日々の礼拝を少しでもいいものにするために話し合ったり、たまには前に立って礼拝中の態度などに注意を促したりしました。あまり目立てないものですがやっていて意味のあるものだと思います。
 春の宗教運動・秋の宗教運動では前で話してくださった先生方に感想文を送らせてもらい、またそのために必要なポスターを作りました。三年生は学年礼拝の時クラスごとにお祈りと聖書朗読を担当しました。
他にも文化祭では赤十字の方の協力で献血活動の手伝いをしました。今年は献血をしてくれた生徒が延べ2000人を超えるかどうかの瀬戸際だったので多くの礼拝委員の協力を得てこなすことができました。去年も献血活動の手伝いをしていたのですが、今年は献血活動の代表をさせてもらっていたのでなおさら力が入っていました。なので、2000人に到達したと聞いたときは本当に嬉しくて協力してくれた礼拝委員、また実際に献血をしてくれた生徒に心から感謝しています。
 今、高等部の礼拝中の態度を良く思っている先生方は決して多くはありません。僕も実際、礼拝中の態度は決していいものだとは思いません。僕が礼拝委員長の間にはあまりいい結果を残すことができませんでしたが今後、礼拝委員を中心に、先生に叱られて静かにするのではなく自分自身の判断で静かにして、良い礼拝を持てるように心がけていってもらいたいと思います。
 最後に副礼拝委員長の平山君、三年生の礼拝委員の皆、一・ニ年生の礼拝委員の人、そして多くの先生方、こんな僕を支えてくれてありがとうございました。

文化祭執行委員会

3年B組 岸野 浩一

 関西学院高等部文化祭2004は、10月29日から11月4日という一週間の日程をもって開催されました。
 1月30日、学友会本部役員会の定例会議にて、執行部の基本体系(「執行部役員・執行委員・スタッフ」の三階構造による運営への参加制度)を説明した後、文化祭執行部の募集と会合を経て、3月29日に学友会一泊研修の場で「どのような文化祭にするのか」、「前年度までの振り返り」、副執行委員長である辻本君からの提案「中学部のハウス制度を導入した企画」に関してなどを長時間論議しました。5月12日、第1回文化祭執行委員会を開き、以後ほぼ毎週計14回の執行委員会の中で、文化祭の基本方針や運営方法、各部門からの報告と提議などが議題として交わされました。
 1学期は7回の会議を通して、文化祭テーマと学年企画について論議しました。
 学友会スローガンが「旋風」であるので、全員が一つとなって竜巻のような「風」を文化祭に向けて作り上げようという意味を込めた、「融合」と「グローバル」がテーマの最終選考に残りました。討議の結果、文化祭の校内スローガンとして「融合」、企画内容などを通して全面的に押し出す文化祭テーマを「GLOBAL」(球体の、世界規模の)とすることが決定しました。
 テーマ確定後、関西学院の代表的な校風である「自由と自治」・「国際性」などを自分たちの手で表現しようと、執行本部役員を中心にテーマの実現に際して様々な考慮を行いました。「融合」として一体化するとは言っても、単純に機械的組織として一丸になるのでは、関西学院高等部文化祭とは言い難いと考え、執行委員会にて大まかなテーマと方向性のみを定め、各種企画の詳細な活動については、個人の自由な考えに任せるという方式をとりました。その大まかな方向性として、我々が得意とする「エンターテイメントと芸術の融合」、文化祭全体のテーマでもあり国際性豊かな人間になるきっかけをこの機会に作ろうとする「グローバル」等といった主題を提示し、普段の学校生括では気が付かないような他者に目を向け、その根底にあるものは何か考えていこうと呼びかけました。
 昨年度は実に多くの改革が行われ、今回もそれらの改善点を継承しました。具体的には、執行本部役員会の設置・垂れ幕と大規模モニュメントの製作・数回に及ぶ食品・展示サークルの審査会実施などで、これらは是非来年度も実施してほしいと考えています。
 学年企画は、1年生が前年度好評を博した「中庭垂れ幕」を世界7地域というテーマで、2年生は「融合」を合言葉としたクラス独自企画、3年生が「地球儀モニュメント製作」と「グローバル・ウォーク作り」(1階ホールの階段から2階の地球儀へと続く、3年全員がその一部の製作を担当する長い巻物状の回廊)を、それぞれ行うことが議決されました。
 7月26日の執行部役員会議を経て、2学期は後半7回の委員会会合を中心として事ある毎に開かれた会議では、現状報告や問題点の話し合い、今後の予定と課題等について話し合いました。昨年度の反省点であった「説明責任」を全うすべく、幾度も校内広報のプリントを配布し、文化祭の準備が本格化する9月には1階ホールに文化祭掲示板を設ける等、分り易い情報伝達を目指しました。
 また執行委員はそれぞれ、「総括」「運営管理」「企画」「ステージ」「会計」という全5部門に分かれ、部門統括(セクション・リーダー)を筆頭として全員で尽力し、各担当部署の責務を果たしました。
 運営管理部門統括の安武君をはじめ、備品・机・椅子・パネル:アント・電気等の管理担当委員は全員が未経験であったにも関わらず、各々の素晴らしい活躍で文化祭を根底から支えてくれました。
 食品サークル・展示サークル・2年クラス企画では、3回に渡る説明会と審査会を通して何度も企画書を書いてもらい、その内容を洗練してもらうことでより質の高い企画を目指しました。企画部門統括だけでなく1年学年企画の全てを担当してくれたクラス委員長の小川君や、他の担当部署とも重なりながら動いてくれた企画部門の各委員の尽力によって、厳しいスケジュールの中、殆ど全ての企画を無事完遂しました。3年学年企画は当初予定していた募金企画が頓挫してしまったものの、途中から担当委員として大活躍してくれた三好君・須田君と特別編成の3年生作業チームが主軸となり、本年の文化祭テーマを象徴する地球儀と例年にない目を見張るグローバル・ウォークを見事完成させることが出来ました。
 ステージに関しては出演者全員スタッフ参加を出場条件とし、激務を一手に背負ってくれたステージ部門統括の三村君を筆頭に、執行委員と出演者が一丸となって高校生らしいステージングを目指しました。チャペルステージではグリークラブなどが常時スタッフとして参加し、大いにスローガンの「文化とエンターテイメント性の『融合』」における「文化」の側面を高めてくれました。また今年は校内ステージと当日の両方において大好評だった2年C組のクラス企画「よさこいソーラン」が、当日午後、担当外の執行委員らの協力を得て急遽チャペル前で野外ゲリラライブを行い、大いに文化祭全体を盛り上げてくれました。
 加えて、本年度は校内スローガン「融合」を達成すべく、運営管理部門では美化委員会・礼拝委員会・運動総部、企画部門ではクラス委員会・宗教総部が、それぞれ全面的に文化祭に参加することで、学友会全体としての文化祭への参加を目指しました。執行委員会と各学友会組織が互いに連携を取ることはなかなか難しかったものの、初の試みとして一定の成果は出せました。加えて、企画広報部が掲示広報の活動を行い、役員会自らがステージ企画「Miss K.G.」及び、展示企画「兵庫日本語サミット2004開催報告/世界の若者からのメッセージ」を実施するなど、学友会本部と文化祭執行部が一体となって積極的に動く異例の文化祭となりました。
 文化祭執行委員の反省会では、先に述べたテーマ実現の為に導入した「個人重視」の方策によって、企画がなかなか纏まらない、実行段階で自由のみが先行して「自治」が行き届かなかった、途中まで殆ど進展がない部署があった、など多くの問題点が噴出しました。執行委員会に関しては、人手・アイデア不足、執行部役員の他の文化祭での役割との兼任や担当した仕事の過多、特に執行委員長である私の不手際や課題の抱え込み過ぎなど、多くの反省点が残りました。
 しかし、執行委員会では、そういった問題点を承知し、改善方法を模索する他方で個人の自由と自治に依拠したからこその感動を、各種の自主企画サークルや中庭・チャペル・ライブハウスなどのステージを中心に生み出すことが出来たと自負しています。様々な問題点はありましたが、辻本君を筆頭とする執行部役員を中心として、執行委員やスタッフ、先生方、そして文化祭に参加した高等部生全員の力添えのもとに、記憶に残る文化祭を作り上げることが出来たのではないかと思っています。
 そして、中西学友会長と文化祭顧問の三木先生には常に比類ない多大な尽力を頂き、御二人の存在があって初めて、この文化祭は成功と言える状況までたどり着けました。報告の場をお借りして、その謝辞を表したいと思います。皆さん、本当にありがとう御座いました。

MASTERY編集局

3年G組 倉賀野 孝一

我らが魂の咆哮は、貴殿の手元にあります。

子ども会

3年F組 辻本 航介

 今年度も子ども会は、例年どおり6つの施設から子ども達を招いて、関西学院・神戸女学院の両校の生徒とともに楽しく遊びました。ついに今年は招待する子どもが100人を超え、スタッフ、各先生方をふくめ300人を超えるというかつて無い規模で行うこととなりましたが、特に大きな問題もなく子ども会を終えることができ、協力してくださった多くの人に感謝の気持ちでいっぱいです。
 当日は午前中に外で思いっきり体を動かし、みんなでお弁当を食べた後、午後からは「地球」をテーマにしたたくさんのゲームを楽しんでもらいました。その間もずっと招待した子ども達にはお兄さん、お姉さんがマンツーマンで付き添い、みんなこの日を思いっきり満喫していたようでした。そしてお土産のお菓子を渡すとついにお別れのときです、一日が楽しかったぶんお別れはつらく、泣きだしてしまう子もいました。でも最後にはきっと楽しい思い出になったとおもいます。
 今年度の特徴は、多くの関学生が呼びかけに応じ、協力してくれたことです。毎年スタッフが足りない中、1年生を中心に150名を超える生徒が募集に応じてくれました。ただ予算の関係で100名ほどに絞ることになってしまって、本当に申し訳なかったと思っています。実は長い歴史をもつこの子ども会ですが、途中関学側の不真面目さを理由に、女学院だけで単独で行われた時期があるそうです。しかし今年の関学にはそんなことが嘘のように、エネルギーがあふれていました。この素晴らしい伝統を無事に後輩達に伝えられたことを誇りに思います。僕自身、委員長として、また一人の人間としてたくさんのことを学ばせていただきました。企画、制作のむずかしさ、そして多くの人の代表になること、仲間・結束の強さ、そしてボランティアの精神。しかし一番印象に残っているのは、「後輩に託す」ということです。正直なところ、今回の子ども会はたくさんの不備もあり、たくさんの人に迷惑をかけてしまったり、自己満足から目的を見失ったりと満足のいく出来ではありませんでした。しかし今回の反省、思いは、後輩達がしっかりと引き継ぎ、また次の年にはもっと素晴らしい子ども会を作ってくれると信じています。
 最後にお世話になった両学院の先生方や事務の方々、当日300人分ものお弁当を用意してくださった神戸女学院の調理の方々、そして当日協力してくれた関学ブラスバンド部、参加してくれたスタッフ、献金してくれた全校生徒、子ども達、引率の職員の方々、そして先輩方…。書き表せないほどのたくさんの協力に感謝して、活動報告とします。
 本当にありがとうございました。

サービスリーダー

3年B組 加納 友輔

 今年のサービスリーダーに公式な記録はありません。毎年ないのかもしれませんが。アッセンブリーで校歌、応援歌の指揮をしていたぐらいです。関関戦がなくなったから…。

  • [modify] 2009/01/21 14:05:54 by ofg

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